IRATORI

ママのためのイライラトリセツ

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DVに苦しんだ17年間。その経験をバネに、私にできること。

ココロと申します。
 
10歳から27歳で結婚して家を出るまでの、17年間、
義父から母への暴力を見て生活をしてきました。

どなりごえの脚
飛び散ったガラス片
怒鳴り声
 
恐怖に常におびえていました。
 
12歳離れた小さな妹がいて、
2歳上の姉は早くに結婚して家を出たので、
私が守るしかないと責任を感じていたんです。
 
今回は私の経験したそんな話をさせていただきます。
 
🔹さくさく読む目次
 
👉🏻他記事で
イライラトリセツや
育児の情報について掲載しています。
あわせてチェックしてみてくださいね。https://iratori.hatenablog.com
 
 

すべての始まりは母の再婚

 
幼少期の頃、両親が離婚
 
その後、仕事を始めた母はいつも仕事で帰りが遅く
保育園のお迎えも一番最後。
「もっと早く来れませんか」
と保育園で怒られる母を覚えている。
それでも、とても幸せな日々だった
 
母の仕事も順調で、
金銭的にも裕福ではないが貧しくもなかった。
帰りの遅い母のために、姉と晩ご飯を作ったり、
親不在なのでイタズラしたり、
のびのびと成長していたと思う。
 
そんな母が再婚したのは、
私が小学校4年生のときのこと。
私は最初から義父(以下、おっさん)のことが
好きになれず、再婚してほしくないと
母に手紙まで書いてお願いしていたほど。
 

でも、再婚し、引っ越した。

まもなく、母は妹を授かった。

そして、もう暴力は始まっていた。

 

おっさんは、怒りの沸点が低く、

 

大声で怒鳴る

怒るとものを投げる

ものを破壊する

車で暴走する

ガソリンをまくなんてことも…

 

そして、いつもじゃないけど、

母にも被害が及ぶこともあった。

頭から投げられたこと、歯が折れたこと、

乱暴な運転で切迫早産で入院したことも…。

 

そして、覚せい剤や薬物に手を出し

家に注射器が落ちていたり

パトカーとカーチェイスをしたり

家にパトカーがきたり

手に負えない状況になり、

母から「警察、呼んで!」と叫びの声。

私が110番して警察を呼んだり。

 

覚せい剤使用で、

200キロ離れたK市で逮捕されたとき

まだ産まれてまもない妹を抱いて

新幹線に乗って会いに行ったことも。

なぜか姉はおらず、私と妹は一緒にいった。

ガラス越しの向こうで泣くおっさんと、

それを見て涙する母。

 

私は妹を抱きながら、涙が流れた。

なんの涙なんだ。

帰り際に「子どもは連れてくるべきじゃありません」

と警察の人に注意される母。

 

確かに、そう思う!

私には強烈な記憶となって残っている。

 

 

暴力が始まると、私は

手が震え、息が苦しくて、普通に話せなくなった。

今でもたまに夢で見たり、フラッシュバックする。

怒鳴り声や暴力的行為は、

テレビでそういうシーンを見かけだけで苦しい。

 

受験シーズンも、

勉強中に教科書は涙でどれだけ濡れたことか。

 

 

おっさんの悲しい生い立ち

 

おっさんは寂しい子ども時代だったよう。

 

薬屋の長男に生まれ、

下には妹がいる。

 

小さい頃は甘やかされて育ち、

移動は自由にタクシーを

使わせてもらっていたんだとか。

親からは、愛情ではなく、お金だけ

 

妹ものちに拒食症になっていることから、

育てられた環境には

同情するべき点があるんだと思う。

 

薬屋は火事で燃えてなくなり、

そのときに父親も亡くしている。

父親も写真だけはいつも大切にしていたから、

心の拠り所だったのかもしれない。

 

母親は今は施設にいるが、

おっさんはずっと母親に会ったことはないようだ。

 

愛に飢え、甘やかされて育った。

その一言に尽きると思う。

 

それでも、許せない。

子どもながらに許そうとしたこともあったけど

そのたびに何度も裏切られた。

 

どんな理由があったって、

やっぱり暴力はダメだよ。

 

辛い過去があったとしても、それを理由にしたくない

 

こんな暗い話をするために、

ブログを始めたんじゃないんです!!

 

 

私たち3人姉妹は、誰もグレていません。

(親戚からは奇跡!と言われています)

 

母はたくさんの愛情を持って育ててくれました。

仕事が忙しくて、運動会や授業参観に来れなくても、

結構ほったらかし育児でも、

 

母の優しくてたくましくて、たまに弱くて、

気張らない適当な性格だったからこそ、

 

今の私たちがいるんだと思います。

お母さん、ありがとう。

 

 

成人した妹も、

おっさんとで出会ったからこそ、

生まれてきた大切な家族。

だから、

おっさんと出会わなければ、と思っていません

 

辛い経験をしたからこそ、

職場で大変なことがあっても、

恋愛でちょっと失敗しても

「家の問題と比べたら屁のかっぱだな!」と、

他の人から見ても大変な状況になっても、

深く悩むことはありませんでした。

 

家にいるのが苦痛で

家を早く出たくて、

早朝に出勤したり、

遅くまで残業もしたこともあったけど、

 

その結果、職場でも結果を残すことができて

高い評価をいただいて活躍することができました。

 

 

 

ちなみに、私が結婚して家を出た翌日に

母は妹と共に、家出しました。笑

 

今は別居し、時間を経て

私の猛反対にも屈せず、

母はおっさんの会社で働いています。

(元々自営業でした)

 

離婚調停をしていた時期もあったけど、

今はストップしているらしい。

なんだかんだで、好きなのか

よくある、男と女の話ですね。笑

 

実家もないし、

自分の卒業アルバムやら思い出のものは

無くなってしまったけど、

家族はみんな元気で、助けてくれる人はいます

 

そんな私にできることは何か

 

育児をする今、

この経験が足かせになるときが

あるかもしれないけど、

 

分の経験を生かしながら、

このブログを通して

怒りを子どもにぶつけてしまうママと

悩みを共有したいっ。

そして、ママのイライラを軽減するヒントに!

と思っています。

 

そして、育児を楽しみたい!

 

 

 

長くなりましたが、

これからイライラ対処法を

お伝えしていくにあたって、

私のことをまずは知ってもらうべきと思って

赤裸々に書かせていただきました。

 

ママのイライラを軽減させる

ヒントとなるような記事はこちら。

ぜひチェックしてみてくださいね。

IRATORI

 

以上、ココロでした!