IRATORI

ママのためのイライラトリセツ

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父の日に思い出す「早く死んでほしいお父さん」

今週のお題「お父さん」

 

今日は父の日。3人の父に思いを馳せてみました。

 

早く死んでほしい父(母の再婚相手)

私が10歳の頃、母が再婚しました。それによって、母へのDV、薬物に手を出す義父を目にして生活する日々に一変したのです。相撲経験のある体重100キロの義父が暴れればテーブルの脚は折れ、照明器具が割れて飛び散り、簡単に母の前歯は折られました。三人姉妹である私たちへの暴力はなかったものの、いつまた暴力が始まるのか安心して暮らせない日々でした。

 

レーサーの経験もある義夫は、スピード違反、信号無視は日常茶飯事で、よく警察に追いかけられましたが、運転がうまく捕まったことはありません。そんな車内にいたこともあり、運転が怖すぎて何度小さな私は泣いたことか。

 

覚醒剤の注射が家に落ちていたり、薬物でレロレロになっている父を見るのも慣れたもんです。逮捕されて拘置所にいてくれた時はどんなに安心で幸せだったか。

 

中学生のとき、周りの友だちが好きだ、嫌いの、恋に悩んでいるとき、私は「そんなことで悩めるなんて幸せだなあ〜」と心の底から思ったものです。その時、私は憎き義父に心の底から「早く死んでくれないかな」と思う日々だったからです。

 

いつも危険な運転なので、たまに事故をしますが、体がとてつもなく丈夫なのか少々の怪我で帰ってくる不死身の男です。若い頃からシンナーもやっていたようで歯もボロボロだし、体も薬物に蝕まれているはずなのに、現在60歳を過ぎても何の病気もしない健康体。いっそ殺してしまいたいと母と話していたこともありました。でも、実際にはそんなことはできるはずもなく、ちょっと食べ合わせが悪いとテレビで見た食材を冷蔵庫に常備しておく程度しか出来ませんでした(笑)冷蔵庫に入れてただけだし、一緒に食べてるかも分からず、何の効果もなかったな〜。何度死んでほしいと願っても、死なない義父。

 

生きていて欲しかった父(夫のお父さん)

対して、夫のお父さんは、3年前に60歳で突然他界。死んでしまうほどの手術でなく、簡単な手術だったのに…。医療ミスの疑いもあるとのことで、亡くなった後も、2年くらい夫と義母さんは病院を行き来していました。ずーっと仕事一筋で、やっと定年間近でこれからの余裕のある生活を楽しみにしていたのに。孫と遊びたかっただろうに…。人望が厚く、今でも仏壇に手を合わせにきてくれる方がいます。亡くなったと聞いたとき、死亡原因がよく分からないと聞いたとき、「世の中、不平等だ〜!!」とどれほど思ったことでしょう。

 

もう一度会いたい父(実の父)

怒られた記憶なんてない、いつもユーモアで笑わせてくれた大好きな大好きなパパでした。そんなパパと母は、私が幼少期の頃、離婚しました。小学校1、2年くらいまではたまに釣りに連れて行ってもらっていましたが、その後母に彼氏が出来たくらいのときから、会うことはなくなりました。早もう25年以上会っていません。大人になって、子どものできた今、パパに再会したいという気持ちが強くなりました。姉も同じようで、2人でいろいろアクションを起こしましたが、パパからの返事はなく、少し傷つきながらも、まだ心のどこかで「パパも私たちに会いたがっている」と期待する自分がいます。いつか会える日がくることを願っています。

 

 

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